上越新幹線の浦佐駅から車で南に15分ほど走ると、古くから霊峰として崇められてきた八海山の西麓に『魚沼の里』が広がる。八海醸造の3代目・南雲二郎氏の「魚沼の暮らしや雪国の文化を通じて“郷愁とやすらぎ”を感じていただきたい」との想いから誕生。2004年に『第二浩和蔵』が完成後、少しずつ施設が増え、今では7万坪という広大な敷地に、清酒『八海山』と同じ仕込み水を用いた『そば屋 長森』や『猿倉山ビール醸造所』など、約12の見学可能な施設が点在している。里山を眺めながら、出来立てのビールや、清酒『八海山』の天然酵母を使用したパン、雪室で熟成した“にいがた和牛”、日本酒や酒粕を用いたお菓子を味わえ、魚沼の恵みを五感で満喫できる場所だ。
モダンながら景観に馴染んだ『猿倉山ビール醸造所』。手前のスノーポール(赤白の縞の棒)が、豪雪地帯であることを物語る。
雪中貯蔵庫見学ツアーでは、魚沼ならではの体験ができる。『八海山雪室』に入ると、1,000トンの雪が収容されており、大迫力!毎年2月頃に雪を搬入し、室内は一年を通じて4℃前後に保たれている。雪室は、雪国の人たちの工夫から生まれた天然の冷蔵庫で、日本書紀にも登場する。日本酒は、低温熟成させることでまろやかな味わいになるといわれており、貯雪室の隣には2万リットルの貯蔵タンクが20本並び、専用に仕込んだ日本酒が静かに眠りについていた。
『魚沼の里』の中央に位置する『第二浩和蔵』は、普通酒や特別本醸造酒を主に造っている。八海醸造は全国でも20位に入る製造量ながら、麹米造りや櫂入れなど、蔵人が手をかけるべきところに注力できるよう、工夫がなされた蔵だ。
『雪室貯蔵酒 純米大吟醸 八海山 雪室貯蔵三年』。普通酒は3~6カ月の貯蔵に対し、3年の貯蔵。まろやかな味わいで、雪国のテロワールを感じられる日本酒だ。
通常は蔵の見学は行っていないが、今回は、魚沼の里から1kmほどの場所にある『浩和蔵』を特別に見学させてもらえた。こちらは、理想とする究極の品質を追求するための蔵。製造量は八海醸造の1%未満だという。八海醸造が目指すのは、お酒を飲みながら団欒を深められるような、香りは控えめで淡麗でバランスの良い味わい。『浩和蔵』では、年に1度、年末に自家用大吟醸を仕込み、酒質と仕事に向き合う姿勢を確認しているという。そうして醸された自家用大吟醸は、社長のメッセージと共に全社員に配布。年末年始に家族や友人と一緒に飲むことで、“団欒を深める酒造り”という共通の志を持てるようになるという。
案内してくれた杜氏の村山雅俊氏によると「日本酒にとって、麹は味わい、酵母は香りに大きくかかわり、それらを伝統技術で蔵の目指す酒質に醸し上げていく」とのこと。今回は、酒質の大部分を決めるともいわれる麹米造りを見学。まずは、蒸米(蒸されたお米)を半日かけて、手で攪拌しながら適正な水分量になるまで乾かしていく。乾いてパラパラになった蒸米は35℃。種麹をフワッと振りかけ、種麹が蒸米に均一に行き渡るように、蒸米を手で上下をひっくり返していく。再び、種麹を振り胞子が蒸米に落ちきったら、蒸米を手で揉み込み、蒸米の隅々まで種麹を行き渡らせる。その後、4人で白い布を仰ぐようにして、蒸米の温度が適正になるように微調整していく。温度計を用いながらも、ほとんどが蔵人の手に伝わる感覚のみで仕上げられる。温度がぴったりと合ったら、それ以上の乾燥と冷えを防ぐため、蒸米を山状に盛り込んでいく。麹室の室温は34℃。4人の蔵人が一言も話さず、阿吽の呼吸で盛りを仕上げていく麹室には、神聖な空気が漂っていた。
早朝から炊き上げ、乾かしながら冷やされた蒸米は、炒飯のようにパラっとしている。
完成した麹米は、突き破精(つきはぜ)麹といわれる。栗のような香りで、口に入れて噛みしめるほどに、麹の酵素由来の甘味と旨味が生まれてくる。
麹米造りは水分量と温度管理が重要で、43℃前後で日本酒造りに求められる重要な酵素を作ってくれるが、45℃を超えると菌糸の活動が停止し、50℃を超えると3分で滅びてしまう。そのため、常に麹米の盛りには温度計が挿入され、15分~1時間おきに温度変化を監視し、掛け布や空気が通る隙間の幅で製麹温度を調整しながら、約50時間掛けて麹米を造りあげる。全て手作業で行っており、操作の全てを記録に残し、できあがった麹米の品質との紐付けを行い、更に良い麹米を造るための糧としているのだ。
「八海醸造のある南魚沼は、八海山の伏流水“雷電様の清水”という夏でも冷たい湧き水に恵まれ、低温多湿な冬の気候もあり、酒造りに適した土地です。100年の伝統を尊重しながら、技術を向上させ、進化していけるように、蔵人の手仕事を数値でも把握できるようにしているのです」と村山氏。
製造量の1%未満という希少な風味ー『浩和蔵』仕込みの日本酒を見かけたら、ぜひ、試してほしい。