協会だより

銘酒と美食のある風景
〜 新潟のテロワールを愉しむ 〜

新潟亀田蒸溜所

新潟のテロワールを感じられる「淡麗で香り高い」ウイスキー造り
2024年09月17日

競馬とウイスキーというと、ケンタッキーダービーでのミントジュレップを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。ケンタッキー州の地酒であるバーボンウイスキーをベースにしたカクテルだ。1938年にケンタッキーダービーのオフィシャルドリンクとなり、今ではケンタッキーオークスと合わせた2日間で12万杯も飲まれ、チャーチルダウンズ競馬場を彩っている。

新潟競馬場から車で15分ほどの場所にも、ウイスキーの蒸留所がある。世界的なコンペティションで世界最高賞を受賞した『新潟亀田蒸溜所』だ。一般の見学は行っていない蒸留所を特別に見させてもらうと、随所に、新潟ならではのテロワールへのこだわりが見てとれた。

株式会社大谷の役員で新潟亀田蒸溜所の社長を務める堂田浩之氏。
株式会社大谷の役員で新潟亀田蒸溜所の社長を務める堂田浩之氏。

新潟駅の南側には、かつて“亀田”という地名で親しまれた、田園と街が共存している一帯がある。その一角にある亀田工業団地内に建つのが、『新潟亀田蒸溜所』だ。蒸留所の名前には「美しい田んぼが広がっていた亀田の歴史を後世に伝えていきたい」との想いがこめられている。

運営しているのは、印章業界最大手の株式会社 大谷。「社会福祉に貢献する集団を作る」という経営理念のもと、障がい者の就労支援事業も行っており、同社の設立した社会福祉法人 大谷ゆめみらいでは、新潟馬主協会の助成金を活用した運搬車両で、パンの配達を行っている。

株式会社大谷の役員を務める堂田浩之氏は、大学生の頃から大のウイスキー好き。脱ハンコの潮流を受け「世界を相手にできる事業をしたい」と、ウイスキーの蒸留所の立ち上げを決意した。堂田氏自ら本場スコットランドの蒸留所を30カ所視察し、日本のウイスキーメーカーに1か月泊まり込みで製造研修を受け、2021年2月に新潟亀田蒸溜所を稼働させた。伝統的な製法を重んじながら、それを新潟ならではのウイスキー造りに昇華し、「淡麗で香り高い」ハウススタイルを確立している。

新潟県産の六条大麦を、麦芽に加工するための製麦機。麦に水を含ませてから乾燥させるので、巨大な洗濯乾燥機のような構造になっている。 新潟県産の六条大麦を、麦芽に加工するための製麦機。麦に水を含ませてから乾燥させるので、巨大な洗濯乾燥機のような構造になっている。

日本では、モルトウイスキーの製造には輸入した二条大麦を用いることがほとんどだが、新潟亀田蒸溜所では新潟県産の六条大麦も使用している。堂田氏は「新潟県ならではのウイスキーを造りたい」との想いで、農研機構上越研究拠点に開発を依頼。六条大麦は二条大麦に比べ粒が小さいが、開発した『ゆきはな六条』は、粒が大きくウイスキーの原料として活用できる。
さらに、収穫した大麦を麦芽に加工する製麦機も導入。日本では約100カ所のウイスキーの蒸留所が稼働しているが、自社で製麦を行っているところは10カ所にも満たない。

麦芽は3段階の粒経に挽き分けられる。 麦芽は3段階の粒経に挽き分けられる。
発酵を開始して24時間後。プクプクと液面が泡立ち、活発に発酵が行われているのが感じられる。炭酸ガスに、ビールのような香ばしさとフルーティーさが入り混じった香りが漂っている。 発酵を開始して24時間後。プクプクと液面が泡立ち、活発に発酵が行われているのが感じられる。炭酸ガスに、ビールのような香ばしさとフルーティーさが入り混じった香りが漂っている。

大麦は麦芽に加工したのち、殻ごと粉砕される。そこに65℃ほどに温めた仕込み水を注ぎ、麦芽の糖分が溶け出した麦汁を抽出。麦汁に酵母を投入し、アルコール発酵を行っていく。稼働当初はステンレスの発酵槽と木桶の発酵槽を使い分けていたが、木桶の方がフルーティーで芳醇なフレーバーが生成されていると感じ、全て木桶の発酵槽に切り替えたという。

高さ4m近いポットスチル。右が初留器で左が再留器。蒸留中は約100℃の熱をおびる。 高さ4m近いポットスチル。右が初留器で左が再留器。蒸留中は約100℃の熱をおびる。

こうして得られたもろみを丸ごと、銅製のポットスチル(蒸留器)に投入し、2回蒸留を行いアルコール度数を高め、さらにフレーバーを生成していく。ポットスチルも「淡麗で香り高い」フレーバーが狙える形状にこだわった。
初留器はランタン型といって、胴体とネック部分にくびれがあることにより、蒸留中に重い成分が取り除かれ、淡麗な蒸留液が回収される。再留器は、ボールのような膨らみが特徴のバルジ型。銅との接触面積が多いことで、不快な成分を取り除きつつ、豊かな香味成分が生成されるのだ。 壁に断熱が施されているという熟成庫内は、暖かな日中でもひんやり。芳醇な香りで満たされていて心地良い。 壁に断熱が施されているという熟成庫内は、暖かな日中でもひんやり。芳醇な香りで満たされていて心地良い。

ポットスチルの上部は、飲みごたえのある酒質を狙うために、下向きに折れ曲がっている。 ポットスチルの上部は、飲みごたえのある酒質を狙うために、下向きに折れ曲がっている。
ポットスチルで漢字の‘亀’をかたどったロゴマークの右下に、動物の“亀”を模した落款が捺されており、印章業界最大手の大谷が運営するという蒸留所のルーツが窺える。 ポットスチルで漢字の‘亀’をかたどったロゴマークの右下に、動物の“亀”を模した落款が捺されており、印章業界最大手の大谷が運営するという蒸留所のルーツが窺える。

再留器から出てきたアルコールはニューポットと呼ばれ、無色透明でアルコールの刺激臭が目立つ。これを木樽で熟成すると琥珀色になり、芳醇な香りをまとう。蒸留所の南西にある弥彦村にも熟成庫を構え、新潟県内の様々な環境での熟成を試みている。

イングランドのウイスキー専門誌が主催するWorld Whiskies Awards 2023で、New Make&Young Spirits部門の世界最高賞を受賞した『ニューポット ピーテッド』。他にも、国内外のコンペティションで多数の受賞歴を誇る。 イングランドのウイスキー専門誌が主催するWorld Whiskies Awards 2023で、New Make&Young Spirits部門の世界最高賞を受賞した『ニューポット ピーテッド』。他にも、国内外のコンペティションで多数の受賞歴を誇る。

2年10カ月の熟成を経た『ニューボーン NO.20 カスクストレングス』は、イングランドのウイスキー専門誌が主催するWorld Whiskies Awards 2024でカテゴリーウィナーに輝いた。グラスに注ぐと、熟したバナナやカラメル、ユリのような華やかな香りに包まれる。味わいは、新潟県の特産品ル レクチエのような濃厚な甘さと、トロりとしたテクスチャーが印象的だ。

秋頃には、『新潟亀田蒸溜所』初となる、3年の熟成を経たシングルモルトのジャパニーズウイスキーをリリース予定。新潟のテロワールを感じられる「淡麗で香り高い」ミントジュレップが飲める日も、近いかもしれない。

新潟亀田蒸溜所
店名 新潟亀田蒸溜所
住所 新潟市江南区亀田工業団地1-3-5
※一般見学は行っていません。
ホームページ https://kameda-distillery.com/
AUTHOR
ライター 馬越ありさ
ライター馬越ありさ

慶應義塾大学を卒業後、アバレルのラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーweb』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了される。蒸留所の立ち上げに参画した経験と、ウイスキープロフェッショナルの資格を活かし、業界専門誌などに執筆する他、日本で唯一の蒸留酒の品評会・東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)の審査員も務める。

STAFF
PhotosHironori Uzuki
WriterArisa Magoshi

日本料理 福楽

身体に染みわたるジビエ ~日本料理仕立ての滋美恵~
2024年09月17日
筧と蹲が配された趣のある庭。 筧と蹲が配された趣のある庭。
小上がりの個室は最大16名まで対応できる。大きな窓に面したカウンターは7席。店内は天井が高く、温かみがある。 小上がりの個室は最大16名まで対応できる。大きな窓に面したカウンターは7席。店内は天井が高く、温かみがある。

新潟駅から南東に車で20分ほど。瓦屋根の一軒家が立ち並ぶ住宅街に、温かみのある白い外観のお店が現れる。2022年の春にオープンした『日本料理 福ふ楽らく』だ。趣のある庭では、店主・媚山潤氏の祖父が慈しんできた梅や桜、楓が四季折々の表情を魅せる。

媚山氏は、新潟生まれの新潟育ち。調理師専門学校を卒業し、新潟県内の日本料理店で修業を積みながら、狩猟を趣味にして20年以上。店主となった『日本料理 福楽』では、ジビエを繊細な日本料理に仕立て、新しい美味しさを創造している。

メニューは昼も夜も3つのコースのみ。その日に獲れた食材を活かしてメニューを組み立てるため、季節ごとに訪れる楽しみがある。

物腰柔らかな、店主の媚山潤氏。熟練のハンターだからこそ知る、新潟の山と海の話を聞くのも楽しい。 物腰柔らかな、店主の媚山潤氏。熟練のハンターだからこそ知る、新潟の山と海の話を聞くのも楽しい。
アラの麴漬け アラの麴漬け
鹿のたたき 鹿のたたき

初夏の11,000円のコースは、アラの麴漬けから始まる。媚山氏は釣りも趣味としており、新潟近海の船釣りで獲った魚は、狩猟期以外のメニューを彩る。氷温で熟成し歯ごたえの増したアラと、新潟の山で採ってきた蕨の瑞々しさが口の中で弾け、早くもお酒が進む。

ごま油でシンプルに味付けれた鹿のたたきは、添えられたクレソンが鹿肉の旨みを引き出している。狩猟で山を知り尽くしている媚山氏だからこそ、エネルギッシュな野草も採ってこれるのだ。

猪の沢煮椀 猪の沢煮椀
アラ・真鯛・甘エビのお造り アラ・真鯛・甘エビのお造り

猪の沢煮椀は、出汁も猪で取っているという。ホッと落ち着く上品な出汁が、猪肉の甘みを引き立てる。ジビエ本来の旨みに気付かせてくれる一皿だ。

アラ・真鯛・甘エビのお造りは、釣ってすぐに処理できる、漁師の強みが存分に発揮されている。アラの肝醬油まで自家製で、海の恵みを丸ごと味わえる。

熊とすっぽんの煮物。山で採れた野ぜりは味に凝縮感があり、お椀の中で新潟の里山を感じられる。 熊とすっぽんの煮物。山で採れた野ぜりは味に凝縮感があり、お椀の中で新潟の里山を感じられる。

秀逸なのは、鰹出汁でいただく熊とすっぽんの煮物!長年の狩猟経験で培われた審美眼で選ばれたツキノワグマは、見事に脂がのっている。口に入れると、スッっと溶けて甘みが広がっていく。南魚沼で育てられたというすっぽんとの食感の対比も楽しい。

猪の炭火焼 猪の炭火焼

先ほどとは手法を替え、目の前で炭火で焼いてくれる猪も。「新潟の猪は、特に脂がのっている」と媚山氏。ゆっくりと火入れされた猪肉は弾力があり、長岡市の温泉塩と村上市の赤味噌でいただくと、旨味があふれてくる。

甘鯛は、昆布出汁の蕪すり流しで。蕪の優しい甘みから、丁寧な仕事がうかがえる。

締めは、佐渡島で釣ってきた鯛を土鍋で炊いたご飯。山で採ってきたフキが目にも鮮やかだ。畑で育てているという新ショウガも香り高い。

甘味は、トマトで作られたゼリー・コンポート・シャーベットの3層仕立て。畑で育てているレモングラスが清涼感をもたらし、夏の訪れを感じさせる。

新潟県の狩猟期間は、11月15日から翌年の3月15日まで。月により獲れるジビエも替わり、「11月は鴨や冬眠前の熊がおいしい」と言う。ジビエの一部はマイナス80℃で真空冷凍され、春から秋にかけては、釣ってきた魚とのバランスを見てメニューを構成する。

自家製の無農薬の梅を使用した梅酒。もちろん、新潟県の日本酒も充実しており、八海山の浩和蔵で仕込まれた「唎酒(りしゅ)」など、こだわりのラインナップだ。ワインのペアリングにも対応している。 自家製の無農薬の梅を使用した梅酒。もちろん、新潟県の日本酒も充実しており、八海山の浩和蔵で仕込まれた「唎酒(りしゅ)」など、こだわりのラインナップだ。ワインのペアリングにも対応している。

ジビエ、魚、山菜、とれたてのエネルギーに満ちた食材の旨味が、身体に染みわたっていく―。
“滋美恵”という漢字が思い浮かぶ、感動の食体験。是非、味わってみて欲しい。

福楽
店名 福楽
住所 新潟県新潟市江南区大渕1196-2
(福楽と金照寺の間の道路を入ると、右手に4台の
パーキング有)
TEL 025-282-7459
(昼は前日、夜は二日前までに電話にて予約)
営業時間 昼11:30〜13:00(最終入店)
夜17:00〜19:00(最終入店)
定休日 火曜日・水曜日
メニュー 6,600円(7品)、8,800円(8品)、
11,000円(9,10品)のコースのみ(税込)
ホームページ https://furaku2022.wixsite.com/-site
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ライター 馬越ありさ
ライター馬越ありさ

慶應義塾大学を卒業後、アバレルのラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーweb』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了される。蒸留所の立ち上げに参画した経験と、ウイスキープロフェッショナルの資格を活かし、業界専門誌などに執筆する他、日本で唯一の蒸留酒の品評会・東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)の審査員も務める。

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PhotosHironori Uzuki
WriterArisa Magoshi
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