協会だより

銘酒と美食のある風景
〜 新潟のテロワールを愉しむ 〜

八海醸造 魚沼の里

八海山の伏流水を“団欒を深める日本酒”へ昇華する『浩和蔵』
2025年02月17日
手入れの行き届いた『フラワーガーデン』。四季折々の景色が愉しめる。
手入れの行き届いた『フラワーガーデン』。四季折々の景色が愉しめる。

上越新幹線の浦佐駅から車で南に15分ほど走ると、古くから霊峰として崇められてきた八海山の西麓に『魚沼の里』が広がる。八海醸造の3代目・南雲二郎氏の「魚沼の暮らしや雪国の文化を通じて“郷愁とやすらぎ”を感じていただきたい」との想いから誕生。2004年に『第二浩和蔵』が完成後、少しずつ施設が増え、今では7万坪という広大な敷地に、清酒『八海山』と同じ仕込み水を用いた『そば屋 長森』や『猿倉山ビール醸造所』など、約12の見学可能な施設が点在している。里山を眺めながら、出来立てのビールや、清酒『八海山』の天然酵母を使用したパン、雪室で熟成した“にいがた和牛”、日本酒や酒粕を用いたお菓子を味わえ、魚沼の恵みを五感で満喫できる場所だ。

モダンながら景観に馴染んだ『猿倉山ビール醸造所』。手前のスノーポール(赤白の縞の棒)が、豪雪地帯であることを物語る。 モダンながら景観に馴染んだ『猿倉山ビール醸造所』。手前のスノーポール(赤白の縞の棒)が、豪雪地帯であることを物語る。
『八海山雪室』。雪が黒く見えるのは、空気中の汚れを含みながら積もった証。雪により浄化された空気の中で、八海醸造の日本酒は貯蔵されている。
『八海山雪室』。雪が黒く見えるのは、空気中の汚れを含みながら積もった証。雪により浄化された空気の中で、八海醸造の日本酒は貯蔵されている。

雪中貯蔵庫見学ツアーでは、魚沼ならではの体験ができる。『八海山雪室』に入ると、1,000トンの雪が収容されており、大迫力!毎年2月頃に雪を搬入し、室内は一年を通じて4℃前後に保たれている。雪室は、雪国の人たちの工夫から生まれた天然の冷蔵庫で、日本書紀にも登場する。日本酒は、低温熟成させることでまろやかな味わいになるといわれており、貯雪室の隣には2万リットルの貯蔵タンクが20本並び、専用に仕込んだ日本酒が静かに眠りについていた。

『第二浩和蔵』からは、米を蒸した際の湯気が立ちのぼっていた。 『第二浩和蔵』からは、米を蒸した際の湯気が立ちのぼっていた。

『魚沼の里』の中央に位置する『第二浩和蔵』は、普通酒や特別本醸造酒を主に造っている。八海醸造は全国でも20位に入る製造量ながら、麹米造りや櫂入れなど、蔵人が手をかけるべきところに注力できるよう、工夫がなされた蔵だ。

『雪室貯蔵酒 純米大吟醸 八海山 雪室貯蔵三年』。普通酒は3~6カ月の貯蔵に対し、3年の貯蔵。まろやかな味わいで、雪国のテロワールを感じられる日本酒だ。 『雪室貯蔵酒 純米大吟醸 八海山 雪室貯蔵三年』。普通酒は3~6カ月の貯蔵に対し、3年の貯蔵。まろやかな味わいで、雪国のテロワールを感じられる日本酒だ。

通常は蔵の見学は行っていないが、今回は、魚沼の里から1kmほどの場所にある『浩和蔵』を特別に見学させてもらえた。こちらは、理想とする究極の品質を追求するための蔵。製造量は八海醸造の1%未満だという。八海醸造が目指すのは、お酒を飲みながら団欒を深められるような、香りは控えめで淡麗でバランスの良い味わい。『浩和蔵』では、年に1度、年末に自家用大吟醸を仕込み、酒質と仕事に向き合う姿勢を確認しているという。そうして醸された自家用大吟醸は、社長のメッセージと共に全社員に配布。年末年始に家族や友人と一緒に飲むことで、“団欒を深める酒造り”という共通の志を持てるようになるという。

案内してくれた杜氏の村山雅俊氏によると「日本酒にとって、麹は味わい、酵母は香りに大きくかかわり、それらを伝統技術で蔵の目指す酒質に醸し上げていく」とのこと。今回は、酒質の大部分を決めるともいわれる麹米造りを見学。まずは、蒸米(蒸されたお米)を半日かけて、手で攪拌しながら適正な水分量になるまで乾かしていく。乾いてパラパラになった蒸米は35℃。種麹をフワッと振りかけ、種麹が蒸米に均一に行き渡るように、蒸米を手で上下をひっくり返していく。再び、種麹を振り胞子が蒸米に落ちきったら、蒸米を手で揉み込み、蒸米の隅々まで種麹を行き渡らせる。その後、4人で白い布を仰ぐようにして、蒸米の温度が適正になるように微調整していく。温度計を用いながらも、ほとんどが蔵人の手に伝わる感覚のみで仕上げられる。温度がぴったりと合ったら、それ以上の乾燥と冷えを防ぐため、蒸米を山状に盛り込んでいく。麹室の室温は34℃。4人の蔵人が一言も話さず、阿吽の呼吸で盛りを仕上げていく麹室には、神聖な空気が漂っていた。

早朝から炊き上げ、乾かしながら冷やされた蒸米は、炒飯のようにパラっとしている。 早朝から炊き上げ、乾かしながら冷やされた蒸米は、炒飯のようにパラっとしている。
種麹を振りかける。銀杏のような色をしており、キュプラという目の詰まった布すらも通り抜けるほど、粒子が細かい。 種麹を振りかける。銀杏のような色をしており、キュプラという目の詰まった布すらも通り抜けるほど、粒子が細かい。
完成した麹米は、突き破精(つきはぜ)麹といわれる。栗のような香りで、口に入れて噛みしめるほどに、麹の酵素由来の甘味と旨味が生まれてくる。 完成した麹米は、突き破精(つきはぜ)麹といわれる。栗のような香りで、口に入れて噛みしめるほどに、麹の酵素由来の甘味と旨味が生まれてくる。

麹米造りは水分量と温度管理が重要で、43℃前後で日本酒造りに求められる重要な酵素を作ってくれるが、45℃を超えると菌糸の活動が停止し、50℃を超えると3分で滅びてしまう。そのため、常に麹米の盛りには温度計が挿入され、15分~1時間おきに温度変化を監視し、掛け布や空気が通る隙間の幅で製麹温度を調整しながら、約50時間掛けて麹米を造りあげる。全て手作業で行っており、操作の全てを記録に残し、できあがった麹米の品質との紐付けを行い、更に良い麹米を造るための糧としているのだ。

85kgの蒸米を30分もしないで麹米の山に仕上げた。
85kgの蒸米を30分もしないで麹米の山に仕上げた。

「八海醸造のある南魚沼は、八海山の伏流水“雷電様の清水”という夏でも冷たい湧き水に恵まれ、低温多湿な冬の気候もあり、酒造りに適した土地です。100年の伝統を尊重しながら、技術を向上させ、進化していけるように、蔵人の手仕事を数値でも把握できるようにしているのです」と村山氏。
 製造量の1%未満という希少な風味ー『浩和蔵』仕込みの日本酒を見かけたら、ぜひ、試してほしい。

杜氏の村山雅俊氏と、この日、仕込んでいた『大吟醸 八海山 浩和蔵仕込』。
杜氏の村山雅俊氏と、この日、仕込んでいた『大吟醸 八海山 浩和蔵仕込』。
魚沼の里
魚沼の里
魚沼の里
店名 魚沼の里
住所 新潟県南魚沼市長森426-1
※ 各施設により営業時間は異なります。
ホームページ https://www.uonuma-no-sato.jp/
※ 雪中貯蔵庫見学ツアーのご予約ができます。
酒蔵の一般見学は行っていません。

龍寿し

新潟の海の幸と魚沼の里山の恵みを、江戸前の技で握る
2025年02月17日
控え目な“龍”の行燈が目印。
筧と蹲が配された趣のある庭。
小上がりの個室は最大16名まで対応できる。大きな窓に面したカウンターは7席。店内は天井が高く、温かみがある。
控え目な“龍”の行燈が目印。
個室は4人部屋と6人部屋を繋げ、最大14名まで対応できる。
カウンターは9席。
店主の佐藤正幸氏。独創的な握りを提供しながらも、朴訥とした人柄で、カウンターは居心地が良い。
店主の佐藤正幸氏。独創的な握りを提供しながらも、朴訥とした人柄で、カウンターは居心地が良い。

上越新幹線の浦佐駅から車で南に10分ほど。『魚沼の里』の手前、水田に囲まれた住宅街で55年続く寿司店が『龍寿し』だ。店主・佐藤正幸氏は2代目。東京で修業を積み、故郷の南魚沼に戻ってきた際、「南魚沼でしか味わえない新しい味覚体験を通じて、ワクワクしてもらいたい!」という想いを抱くようになる。そうして生まれたのが、『魚沼ガストロノミープレミアムコース』。昼も夜も、コース1本のみ。旬の食材を取り入れ、2カ月ごとに変わるコースを求めて、香港や台湾から訪れるリピーターもいるという。

黒舞茸の土瓶蒸し 黒舞茸の土瓶蒸し
黒舞茸の卵かけご飯 黒舞茸の卵かけご飯

『龍寿し』のスペシャリテともいえるのが、南魚沼の名産の黒舞茸を用いた握りや料理。季節に合わせた形で、年間を通じて提供している。この日は、秋を感じる土瓶蒸しと、卵かけご飯で。土瓶蒸しは、お猪口に注ぐと香りが広がり、まるで里山にいるかのよう!黒舞茸は、白や茶の舞茸に比べ、特に香りが良いというのも頷ける。出汁にも黒舞茸の旨味が溶けだし、滋味深い。卵かけご飯は、細かく割いて素揚げにした黒舞茸を添えて。弾力がある黒舞茸は、少し焦がすと、更に香りが増すという。卵は鶏卵ではなくイクラを溶いたもの。サクッとした黒舞茸と、とろみのあるイクラとの食感の対比も愉しめる。

そばきり酒房「吟」 そばきり酒房「吟」 そばきり酒房「吟」
能生のアオリイカ、佐渡の南蛮エビ、能生のバイ貝

握りは、新潟の豊かな海の幸に甘えず、おいしさを引き出す仕事がなされている。能生で獲れたアオリイカは、身を横に5枚にスライスし、中心部分の甘味を引き出す工夫がなされている。佐渡の南蛮エビは、マイナス2℃で寝かせてあり、とろける甘さだ。能生で獲れたバイ貝には、胡瓜の佃煮が潜んでおり、思わず日本酒が飲みたくなる。

魚沼産のコシヒカリの藁でスモークした鰹。ピーマンのように見えるのは、アクセントに用いた南魚沼産の神楽南蛮。ピリッとしたスパイシーさがある。 魚沼産のコシヒカリの藁でスモークした鰹。ピーマンのように見えるのは、アクセントに用いた南魚沼産の神楽南蛮。ピリッとしたスパイシーさがある。
あん肝と『今成漬物店』の粕漬け。 あん肝と『今成漬物店』の粕漬け。
南蛮エビの殻が入った玉子焼き。寿司下駄も新潟産で、漆塗りで石のような重厚感がある。 南蛮エビの殻が入った玉子焼き。寿司下駄も新潟産で、漆塗りで石のような重厚感がある。

良いネタであれば新潟県外からも仕入れ、魚沼で愛されてきた食材と合わせ、新しい食体験として提供してくれる。気仙沼で獲れた鰹は、南魚沼産のコシヒカリの藁で焼き、心地良いスモーキーさをまとわせた。伝統野菜である神楽南蛮と玉ねぎ、みょうがをポン酢に漬けたものをあしらい、南魚沼ならではの握りに。希少な北海道産のあん肝は70℃で1時間半、ゆっくり火入れをし、ふんわりとした食感に。添えられているのは、六日町の『今成漬物店』の錦糸漬。八海山の酒粕で漬けており、ジュワっとした旨味が溢れる。シャキシャキとした食感は、あん肝との対比を愉しめる。
 締めは、粉末にした南蛮エビの殻が入った玉子焼きで。握りで味わったとろける甘さとは異なる、南蛮エビの香ばしさを堪能できる。

シャリにも佐藤氏のこだわりが。1年ほど低温で寝かせた、南魚沼産のコシヒカリとこしいぶきの古米をブレンドしている。低温で寝かせることで表面の粘りが落ち着き、寿司に適した米になるという。なるほど、口に入れるとほどけていく。

コースは、握り12カン程度と季節の料理5品程度。本マグロやウニなど、こだわって仕入れた人気のネタから、野菜寿司、巻き物も愉しめる。雪深い南魚沼は、3月も雪景色の日が多いそう。4月からは山菜をアクセントにしたメニューが充実してくる。新潟の海の幸と魚沼の里山の恵みのマリアージュを、伝統の江戸前の技で味わう―何歳になってもワクワクできることが最高の贅沢なのだと、教えてくれた気がした。

酒屋には一切売っていず、新潟県では飲食店8店舗でしか飲めないという『八海山 特選大吟醸』。ボリュームがあり、たおやかな余韻に包まれる。『大吟醸 八海山 浩和蔵仕込』は、世界的グラスメーカーと共同開発した専用グラスで愉しめる。魚沼の地酒が充実しており、日本酒からワインまで揃う。 酒屋には一切売っておらず、新潟県では飲食店8店舗でしか飲めないという『八海山 特選大吟醸』。ボリュームがあり、たおやかな余韻に包まれる。『大吟醸 八海山 浩和蔵仕込』は、世界的グラスメーカーと共同開発した専用グラスで愉しめる。魚沼の地酒が充実しており、日本酒からワインまで揃う。
龍寿し 龍寿し
龍寿し
店名 龍寿し
住所 新潟県南魚沼市大崎1838-1
※ 店舗の隣に6台のパーキング有
TEL 025-779-2169
※ 季節の良い素材を提供するため、
できるだけ3日前までにご予約ください。
営業時間 昼12:00〜、夜18:00〜
※ お客様全員、同時スタートになります。
定休日 水曜日、木曜日(昼)
メニュー 16,500円のコースのみ(税込)
(握り12カン程度+季節の料理5品程度)
ホームページ https://ryuzushi.jp/
AUTHOR
ライター 馬越ありさ
ライター馬越ありさ

慶應義塾大学を卒業後、アバレルのラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーweb』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了される。蒸留所の立ち上げに参画した経験と、ウイスキープロフェッショナルの資格を活かし、『Advanced Time Online』(小学館)に連載を持つ 公社)日本観光振興協会 日本酒造ツーリズム推進協議会会員。

STAFF
PhotosHironori Uzuki
WriterArisa Magoshi
このページの先頭へ